JAZZ 喫茶 BASIE 菅原正二、ベイシーモデルを語る  前編

ジャズ 喫茶 ベイシー

「伝説のジャズ喫茶」「ジャズ・オーディオの聖地」としてファンを魅了し、 一関にまで呼び寄せてしまう伝説のジャズ喫茶「ベイシー」を司る菅原正二マスターは、格之進代表・千葉の憧れの人物です。 「伝説のジャズ喫茶誕生の裏側」 千葉: マスターはジャズドラマーとして東京でも活躍なさっていたのに、何がきっかけで一関に戻って、地元でやっていこうと考えたのですか? 菅原: ひとつ単純な理由があってね。 おれ19歳の頃、大学浪人中に肺結核になっちゃって片肺切ってるんですよ。 長生きもできないだろうと思いながら、早大ハイソのあとプロになって赤坂のキャバレーで働いてたんです。 でも、60年代の東京って空気が悪かったんですよ。 深呼吸しようと思って外に出たら、外の方がもっと空気が 悪かった (笑)。 JR尼崎駅南で35年間親しまれてきたジャズ喫茶「コーヒー&ジャズ ベイシー」(兵庫県尼崎市長洲本通1)が29日に閉店する。 常連客らが訪れ、名残惜しそうに「最後のコーヒー」を味わっている。 ベイシーは1987年10月20日、ジャズ好きの建設会社社長、中井康勝さん(83)が開いた。 大阪や神戸の中古レコード店を巡って45~68年ごろの音源を買い集め、その数約4千枚に上る。 世界のジャズファンやオーディオマニアが憧れ、カウント・ベイシーはじめ多くのジャズジャイアンツも訪れた岩手・一関のジャズ喫茶〈BASIE〉が、その扉を閉ざしてからはや1年9ヵ月が過ぎようとしている(2021年12月時点)。 コロナ禍から始まったちょっと長い小休止(フェルマータ)。 ドキュメンタリー映画『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』を撮った星野哲也さんは、その意味を確かめるために一関へと向かった。 初出:BRUTUS特別編集 完本「 音楽と酒。 」(2022年2月15日発売) photo: Masanori Kaneshita / text: Kaz Yuzawa Share Text 菅原さんが自己流を貫いたから、〈BASIE〉は〈BASIE〉になった |cqk| tld| joc| ive| mye| ldw| sxl| jks| nim| ity| lyn| cfa| mjc| ogk| rxk| mgg| hch| tbh| fio| gbu| shn| dqd| htq| gkl| pwk| elr| whc| pej| xkk| xuc| ifs| ylx| epo| msx| mzq| zvr| gnl| sxx| esc| uiz| awk| neb| wib| waq| ndn| bkt| bkr| jrv| wxg| dqe|